たけし氏TVタックルでパクリ批判の風潮に苦言。オリジナリティとは

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つい最近、世間を騒がした東京五輪エンブレム発端のアートディレクター佐野氏のパクリコピー疑惑問題ですが、10月5日放送の「ビートたけしのTVタックル」(テレビ朝日系)で、ビートたけし氏が「パクリ」を批判する昨今の風潮に疑問を投げかけました。

 
優れた映画監督でもあるビートたけし氏は、映画にも流行があり、それを取り入れるとパクリになってしまうのか? また音楽に関しても似た曲調のもので溢れている、との発言をされておりました。

たけしさんのこの発言を聞いて思い出した言葉があります。

完全なオリジナルティはこの世には存在しない。
1曲の中で5%は個人の本当のオリジナル。
95%は伝統。自分は5%のおもしろい部分に興味がある
引用元 – 「坂本龍一語録 – NAVER まとめ

 

世界の坂本さんの言葉です。

音楽も映画もデザインに通ずる部分はあると思いますので

「95%の伝統」 + 「5%のオリジナリティ」

の比率視点で、バクリ問題を考えてみました。

 

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オリジナルの反対語は 「レプリカ(模造)」

 

「95%の伝統」 + 「5%のオリジナリティ」

ですが、「伝統」というと少し分かりずらいので、模造に置き換えます。(伝統とはそもそも昔から伝わっている既存の習慣・様式のことですので)

 

音楽に限らず何事も新しいことを学ぶには、先ず95%の「模造(伝統)」部分を理解しなくてはなりません。95%はインプット作業にあたります。取り込んだインプット内容をしっかり自分の体内で咀嚼し、消化して、それを誰よりも深く理解する必要があります。

音楽でいえば、世に出ている曲をたくさん聴くということですね。優れた楽曲を自分の中に溜め込んでインプット量を増やしていくわけです。

 
そしてインプット量がある一定値を超えると、体内で化学反応が起こります。その時に、人は自分独自のオリジナリティを発揮する準備が整うわけです。かの有名な小説家、村上春樹氏も野球観戦中に急に小説を書くことを思いつきます。これは想像するに、彼自身がインプットし続けてきた膨大な書籍や人生経験が体内で化学反応を起こし、創作意欲という形で突如出現し、彼を突き動かしたのだと考えます。

 

5%のオリジナルの価値が相手にうまく伝わらない場合…

 

坂本氏が言うように、5%の部分が表現者としての腕の見せどころになり、個性・面白みとなり、そしてアーティスト自身の存在価値にもなるわけです。

 

一方、この5%のオリジナリティをうまく伝えられなかった場合、受け手側から「これは誰かの物まねだ」という烙印を押されてしまうことになります。

自分のオリジナリティが際立たない結果、このような事態を招くわけです。

 

 

オリジナリティ比率が高ければいいというわけでもない。

 

以下のようにオリジナル比率を変えて考えてみました。

 

【100%オリジナル】
常識外れの現世にはない価値観を提供するケースですが、先ず大衆の理解を得ることは不可能でしょう。例を挙げるならば、地動説を唱えたコペルニクスやガリレオですね。天動説が常識とされていた時代に、異質の100%オリジナルで地動説をいきなり唱えても受け入れられませんでした。ガリレオに至っては、裁判で有罪判決を受けます。

【50~90%オリジナル】
これは、ほぼ現世には存在しない価値観を提供するわけなので、大衆に受け入れられる可能性は低いです。そもそもこの世の中に50~90%のオリジナルを打ち出せるようなものは残っているのかという疑問もあります。音楽に至っては、メロディはほとんど出尽くしたと言われております。現実的に考えて、50%以上のオリジナルを表現できるアーティストは皆無、もしくは稀代の天才の領域になるのではないでしょうか。若しくは一部のマニアック層に受け入れられるかもしれません。

 

 

するとやはり、5~10%くらいのオリジナル比率が、伝統に重きを置きながらも個性を付加した形で一番受け入れやすそうな現実的なものだと感じます。

(曲調が似ていると指摘を受けるのは、90%以上の伝統、もしくは誰かの影響がそこにはあるからです。)

 

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すでに大衆や歴史に受け入れられた9割強の部分に、1割弱の自分のオリジナリティを足す

 

言葉にすると簡単ですが、その1割弱のオリジナリティは、本当にあなただけにしか表現できないものである必要があります。(勿論、誰よりもうまく100%コピーの物まねをできる技術があれば、それはそれで別の価値として脚光を浴びることになるでしょう。)

 

 

たくさんの作品に溢れているこの世の中、何が模倣で何がオリジナリティが分からなくなってきておりますね。自分で閃いたアイディアは、もうすでに他の誰かが実践済みのモノだったりするケースがほとんどですので、今後、このようなパクリ疑惑問題はなくなることはないでしょう。

 

それでも何かを表現したいものがあるのであれば、自分独自の世界をコツコツと時間をかけて構築し、そして相手にうまく伝えるスキルが重要になってくるでしょう。

冒頭のビートたけし氏は、独自の世界観が評価されているからこそ、発言に説得力があるわけです。彼にしか表現できない5~10%のオリジナリティが確実にそこにはあるわけです。そして坂本氏と同じように完全な100%オリジナルはないと暗に言っているのだと。

 

100%オリジナルである必要はない(というかそんなのない)、

という気持ちを持ちつつも、5%は徹底的にこだわりを突き通して、誰のマネでもないようなものを提供する行為が、どのような職業も求められているのではないでしょうか ~☆

 

 

 

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