海外挑戦で移住した芸人・芸能人は?ピース綾部がアメリカで活動!

 

吉本興業所属のお笑いコンピ・ピース綾部祐二さんが2017年4月から米国に移住し、ニューヨークを拠点として活動すると発表!

海外挑戦ですね!

出典: Twitter

 

コンビ解散はせずに来年3月まで活動。

アメリカでビッグになるまで帰って来ません

と、自ら退路を断つところは素晴らしい!

自分を追い込める人は成長できると言いますしね。

これで何かを成し遂げなくては帰って来れなくなりました。

 

英語を学びながらコメディアンとして活動し、最終目標はハリウッドのレッドカーペットを歩くという、とてつもなく大きな夢

 

実現することは難しい夢だとは思いますが、今、挑戦しないと一生後悔すると綾部さんは思ったのでしょう。

 

さて、今回のピース綾部さんのように、過去アメリカ(海外)に移住し海外挑戦した芸人(芸能人)はどのような方がいたのでしょうか。

 

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過去アメリカ挑戦した芸人・芸能人

長井秀和

出典: Twitter

 

2007年9月、”世界に通用するコメディアンを目指す” という志を抱き、ニューヨークに渡り活動を開始。

ニューヨークのクラブで定期的にライブを開催し地道に活動するも、自身の不倫が原因となり2008年11月に奥様と離婚。

 

フィリピン滞在中に美人局被害にあうなど、女性関係の問題で色々失敗した印象が強い長井さん。

今は語学力を生かし英語講師をしたり、警備員のバイトや社交ダンスの活動などを精力的にこなされているようです。

お笑いライブにもたまに参加しているとのこと。

 

なかやまきんに君

出典: Twitter

 

2006年に休業し、ロサンゼルスで”筋肉留学“宣言!

4年4ヶ月の筋肉留学の成果が「体重5kg減」と芸人としてはオイシイ結果に(笑)

しかし留学中には米国人女性と交際したり、全編英語のライブを行ったり、サンタモニカカレッジを好成績で卒業するなど意外にも(?)積極的に活動されておりました。

出典: Captain * Hero (1/7) なかやまきんに君

 

野沢直子

出典: Twitter

 

90年代、あのダウンタウン・ウッチャンナンチャンと共演した伝説の番組『夢で逢えたら』(フジテレビ系)に出ていた野沢さん。

多くのレギュラー番組を抱えていた中、突然の活動休止宣言をしアメリカへ。

路上でサルのモノマネをする大道芸人として活動するも芽が出ず、現地で知り合ったギタリストと結婚。

毎年、サンフランシスコから日本に出稼ぎに来るのはもはや晩夏の風物詩に。

彼女のアメリカ挑戦は客観的にみれば失敗かもしれませんが、この破天荒キャラにとっては成功失敗もあまり関係ないのかも。

一か月ほどの期間、出稼ぎするという独自ポジションで、いまだ日本の芸能界でも需要があり、また第一線で活躍するダウンタウンやウッチャンナンチャンなどの大御所のパイプも太いため、今度も変わらず活躍されることでしょう。

 

ぜんじろう

 

平成の明石家さんまとも言われ、90年前半に関西でレギュラー番組17本とブレークした吉本興業のお笑いタレント!

しかし東京では関西ほどの人気は出ず、ナイナイやロンブーなどの台頭もあって徐々にフェードアウト。

1998年にアメリカに移住し、2001年まで海外現地で活動されました。(スティーヴン・セガールの子・剣太郎セガールと映画『PP兄弟』で共演を果たす)

日本帰国後も、日本と海外の仕事をこなしながら芸人だけでなく音楽分野にも手を出したりと幅広い活動をされていたようで、最近はネット配信番組「zenjiro show」に力を注いでおります。

出典: Twitter

 

2016年6月にカリフォルニア州で行われたサクラメントスタンダップコメディ大会で、ぜんじろうさんは堂々の4位入賞を果たしております。

スタンダップコメディとは、舞台の上でひとりで立ち、喋りだけで笑いを取る漫談のようなもの。社会風刺や政治ネタが多い。

 

”お笑い”で海外で成功を収めることは難しいか

「お笑い」で海外挑戦となると、語学スキルが非常に重要になってきますし、笑いに対しての文化の違いもあり、成功することは極めて困難でしょう。

一方、芸術(音楽・絵画・ダンスなど)分野などは、「お笑い」に比べるとユニバーサル言語として機能しやすいため、世界に通用しやすいかと。

最近、ピコ太郎ペンパイナッポーアッポーペンが世界中で話題になっております。

  • 中毒性のあるシンプルなビート
  • 謎のコワモテの男が、笑みを浮かべながら踊る単純なダンス
  • シンプルなパ行の英語の語呂の良さ

 

などなど、流行った理由はいくつか考えられますが、やはり言葉だけでなく音楽ダンスを組み合わせたことで、より普遍的な形で多くの人々に伝えることができたのだと考えます。(日本のお笑いで頂点を極めたといってもいいビートたけしさんや松本人志さんも、言葉ではなく映画という表現方法を使って海外挑戦されております。)

 

それでは続いて

アメリカ挑戦した日本のアーティスト達

をみていきましょう。

 

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松田聖子

出典: Twitter

1990年6月、アルバム『Seiko』で全米デビューを飾ったアイドル歌手の松田聖子さん。

当時、アメリカの雑誌メディアやイギリスBBCテレビにも出演し、話題となりました。

1996年5月、日本と米国の合作となりますが映画『サロゲート・マザー』で主演を務めます。

聖子さんのアメリカ挑戦は失敗という見方もされているようですが、歌手だけでなく女優としても全米デビューを果たしているところはさすがの一言。

アメリカに暮らしていたこともあり、英語はペラペラです。

 

EXILE・ATSUSHI

出典: Twitter

 

年内渡米ということで、これからアメリカ留学(挑戦?)するATSUSHIさん。

2018年までの”期間限定” という形で、活動拠点をアメリカに移し海外留学することが決まったエグザイルのATSUSHIさん。

海外留学の理由については様々な憶測が飛び交っております。

が、本人が語った理由としてはあくまでもR&Bやダンスミュージックの本場アメリカで自身のヴォーカリストとしてのスキルを磨くため。

二年間のアメリカ修業が終わった後のATSUSHIさんを楽しみにしていましょう!

 

赤西仁

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元ジャニーズの赤西仁さん。

2010年にKAT-TUNを脱退後、個人活動を精力的にこなされております。

いまやアメリカだけでなくアジアでも活躍されており、最近では俳優・山田孝之さんとのユニット「JINTAKA」(ジンタカ)が話題になりました。

出典: Twitter

 

UTADA (宇多田ヒカル)

出典: Twitter

2004年、Utadaとして全米デビュー!(デビューアルバムは全曲英語詞の『エキソドス』(EXODUS))

シングル曲「Devil Inside」はiTunes Music Storeで見事1位に!アルバムは160位を記録。

 

しかしながら2016年の今、宇多田旋風が巻き起こっております。

ニューアルバム『Fantôme』がiTunesアルバム総合ランキングで全米3位(9月29日付)!

全世界のiTunesアルバム総合ランキングでも6位と驚くべき結果に。

世界でも通用する日本人アーティストといえるでしょう。

 

YMO

出典: Twitter

 

細野晴臣・高橋幸宏・坂本龍一の3人による伝説的な音楽ユニット。

海外移住をしたわけではないが、1979年に全米デビューアルバム『イエロー・マジック・オーケストラ(米国盤)』を発売し海外挑戦

アメリカでライブ活動を開始し、徐々に注目される存在に。

イギリスなどでワールド・ツアーを行った後、日本でYMOブームが起こりました。

YMOは当時、海外の評価も高かったため

「世界に通用する(した?)ジャパニーズ・バンド」

と言われております。

 

電撃ネットワーク

出典: Tokyo Shock Boys 20th Anniversary Australian Tour – Adelaide

 

こちらも海外移住してはいませんが、海外挑戦して大成功を収めたグループです。

1991年、デーブスペクターの紹介でアメリカの番組に出演したのがかけで、いまや欧米で大人気に!

ちなみに海外では “TOKYO SHOCK BOYS” という名で活動されております。

 

 

以上、成功するか失敗するかなんて、やってみなければ分かりません。

今、この時、この瞬間が一番若いのです。

 

人生、ときには無謀だと思えるようなことにもチャレンジしなくてはいけない瞬間が訪れるのではないでしょうか。

ピース綾部さんのように。

 

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